筑前黒田武士の江戸日記

~奇数月の第1土曜日に更新~

vol.55 無人島長平

 仕事帰り、図書館の古文書講座に通いはじめた。先月の教材に登場したのが「無人島長平」。なんと江戸時代に実在した日本版ロビンソン・クルーソーだ。嵐で船が壊れ、流されるままに命からがら辿り着いたのは、本州から500キロも離れた絶海の孤島(鳥島)。12年間、島の唯一の生き物であるアホウドリを捕えて飢えを凌ぎ、卵の殻に貯めた雨水で渇きを癒し、後から来た漂流者たちとも力を合わせ、遂には流木で船を作り上げて帰還。こんなにも壮絶なドラマが実際にあったとは衝撃的だ。 

 この話については、吉村昭さんが『漂流』という長編小説を書いている。さっそく図書館で借りてきたが、一気に読み込んでしまった。絶望的な状況でも必死に生きようとする人間の力強さが、吉村さんの手によって見事に描き出されており、読んでいて胸が熱くなった。素晴らしい小説だ。アホウドリが渡り鳥であることに気付き、不在期間に備えて干物にして備蓄するなど、野村長平(「無人島長平」は帰還後の俗称)の知恵と工夫にも驚かされる。高知県にある彼の墓所も訪ねてみたくなった。

 福岡藩にも「無人島長平」のような漂流者の話はあるだろうかと、ふと思い調べてみたところ、あった。志摩郡唐泊浦の船乗り孫太郎。2カ月半もの漂流を経て、彼が漂着した先はフィリピンのミンダナオ島。原住民に捕まり、奴隷として転売されながら異国の地を転々とし、8年後、幸運にも帰国を果たしたが、これも過酷な話だ。「黒田家譜」にも記述が見られるが、東京海洋大学附属図書館には、より具体的な記録史料もある(「筑前船漂流記」)。孫太郎についても詳しく調べてみたいところである。