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筑前黒田武士の江戸日記

~毎月第1土曜日更新~

vol.07 船橋戊辰戦争遺跡

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【所在地】船橋大神宮:千葉県船橋市宮本5-2-1

     福岡藩戦没者墓地(海神念仏堂):同海神1-17-16

 

 近所の大学図書館に、ようやく『新修福岡市史/資料編・近現代1』が入架された。収録されている「維新見聞記」は興味を誘う史料が満載だ。そのなかに記述のあった船橋戦争について、ふとネットで検索してみたところ、今もゆかりのものが残されていることがわかり、現地を訪ねてみた。

 ひとつは船橋大神宮。慶応4年(1868)閏4月、官軍に加わった福岡藩兵は、船橋旧幕府軍の撒兵隊と激戦を交えたが、大神宮にある注連縄を巻かれたヒノキ(写真左手の大樹)は、砲撃で枯れかけたヒノキから奇跡的に新芽が出て成長したとのこと。いわば船橋戦争の生き証人とも言える。

 もうひとつは福岡藩戦没者の墓。海神念仏堂に足軽小頭の小室弥四郎と従卒の墓碑が立てられている。敵襲に驚き上官が退散する中で味方を鼓舞した弥四郎は、敵将の江原素六を組み伏せていたところ、背後から斬られた由。墓前には彼らについての説明もあって、現在でも大事に扱われている印象を受ける。 

 船橋は、私が社会人になって寮生活をはじめた思い出深い町でもある。NHK大河ドラマ「八重の桜」は戊辰戦争に突入するが、船橋も悲劇の舞台になっていたことはよく知らなかった。懐かしさのなかにも新しい発見を得た思いだ。

(2013年5月訪問)

 

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福岡を遠く離れた船橋の地に眠る小室弥四郎と従卒の墓。そばには船橋で戦死した旧幕府軍兵士の墓もあった。

 

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死を悼んだ家老の矢野安太夫が埋葬したとのこと。その安太夫も、5年後の太政官札贋造事件で明治政府から責任を追及され斬首、泉下の人となった。