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筑前黒田武士の江戸日記

~毎月第1土曜日更新~

vol.28 名島城

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【名島城址福岡市東区名島1-15

【名島門】福岡市中央区城内

崇福寺唐門】福岡市博多区千代4-7-79

 http://bunkazai.city.fukuoka.lg.jp/cultural_properties/detail/490

 

 大河ドラマ軍師官兵衛」の最終回、天下取りの夢が潰えた官兵衛が激しく落胆する様子は、「らしくない」気がしたが(冷静に現実を受け入れる方が似つかわしい)、福岡での晩年にもう少し時間をかけて、一躍国持大名にまでのし上がったサクセスストーリーとして締めくくってほしかったようにも、今さらながら思う。

 このイメージでいけば、黒田父子の名島城入城は名場面のひとつになっていたかもしれない。福岡城完成までの仮住まいとはいえ、言わば福岡藩の出発点となった城。現在の城跡は何の面影もないが、城の周りに配した家臣の屋敷地まで描かれている名島城の図面が残っており、当時の我が家の位置も確認できる。どのような城下町だったのか、見てみたいものだ。

 

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黒田二十四騎の一人である林掃部に下賜された名島城の城門「名島門」。代々林家の屋敷門として使われ、現在は福岡城址に移築現存。

 

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名島城の遺構と伝わる崇福寺の唐門。