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筑前黒田武士の江戸日記

~毎月第1土曜日更新~

vol.40 町奉行

 休みの日の夕方、ふとテレビをつけると風間杜夫主演「銭形平次」の再放送。これは懐かしい。少年の頃に見ていた時代劇のひとつで、主題歌も気に入っていた。最近ではすっかり減ってしまったが、人情味あふれる時代劇はいいなと改めて思いながら、見ていた時期が古き良き時代のように想い起こされ、少し感傷めいた気分にもなった。

 我が家の先祖には、町奉行だった当主がいる。『福岡県史』(第2巻下冊)には、江戸中期の歴代の町奉行がリスト化されており、当家は福岡・博多の両町奉行を交互に務めたようだ。役高は450石で役料が30俵つくが、特別厚遇という感じもしない。旗本のエリートポストとされる幕府の町奉行に比べると、藩の町奉行はそれほどでもないようだ。山本周五郎の短編小説「町奉行日記」では、遠慮なく物申す主人公に対して、「町奉行ごときが重職に向かって」と家老が威圧するシーンがあるが、藩の町奉行のイメージとしては的を射ているのかもしれない。

 明治24年(1891)刊行の『福岡市誌』によると、福岡藩町奉行寺社奉行も兼ね、部下には吟味役が2名、町方附が20名(当用方、銀方、記録方、寺社方に分かれる)、さらに小使が7名おり、組織としてそれなりの規模はあったようだ。銭形平次のような腕利きの岡っ引きはいたのか、大岡裁きのような御白洲のシーンはあったのか、いろいろと興味は湧く。福岡藩町奉行の実像を調べてみたいところである。 

 

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「遠山の金さん」でおなじみの北町奉行所の跡地(JR東京駅日本橋口付近)。下水溝の石組みの一部(写真中央)が残されている。

 

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大岡越前」でおなじみの南町奉行所の跡地(JR有楽町駅前)。こちらにも下水溝の石組みの一部(写真手前)が残されている。

 

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有楽町駅前の地下街に展示されている南町奉行所の穴倉(立てた状態)。両脇には水道管(木桶)がベンチとして使われている。(以上、2016年3月撮影)