筑前黒田武士の江戸日記

~毎月第1土曜日更新~

vol.41 真田丸

 大河ドラマで脚光を浴びている真田家。黒田家と何かご縁はあろうかと、『黒田家譜』の索引で「真田」を探してみると、文化5年(1808)の記述に興味を引く名前を見つけた。朝鮮通信使の応接のため対馬に派遣された幕臣の記載のなかに、「寺社奉行支配調役 真田源次郎」。なんと「真田丸」の主人公である真田信繁が名乗っている通称と同じではないか。

 実は真田信繁大坂の陣後も生き延びていて、子孫が宿敵徳川の家臣になっていた。などというエピソードでもあればドラマチックだが、『寛政重修諸家譜』を見てみると、旗本になった真田一族は数家あり、真田源次郎はいずれかの当主であったようだ(いずれも信繁の後裔というわけではない)。『黒田家譜』には「往来とも当国を通行しければ、皆案内使を添え、又使者を以て贈物し給う」とあって、福岡藩のもてなしを受けている。

 その他では元禄9年(1696)、福岡藩松代藩・旗本本多家の三者間で江戸屋敷の土地の一部を交換した記録がある程度。領国も離れており、真田・黒田の両家には、さほど交流はなかったのかもしれない。「真田丸」でも軍師官兵衛の再登板はなさそうだが、信繁と後藤又兵衛を「軍師」として描いた司馬遼太郎さんの小説『軍師二人』をヒントに、黒田武士たる後藤又兵衛の起用はどうだろうか。クライマックスの大坂の陣、命運を共にする二人のシーンを見てみたいが、三谷幸喜氏の構想やいかに。

 

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松代に残る真田邸。元治元年(1864)に藩主の義母の住まいとして建てられ、明治維新後は真田伯爵家の私宅として使われた。

 

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松代藩筆頭家老(1,400石)矢沢家の長屋門。御先祖の矢沢頼綱真田昌幸の叔父)・頼幸親子は「真田丸」に出演中。

 

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松代藩次席家老(1,200石)小山田家の冠木門と番所。こちらも御先祖の小山田茂誠真田昌幸の娘婿)が「真田丸」に出演。(以上、2013年4月撮影)