筑前黒田武士の江戸日記

~隔月で第1土曜日に更新~

vol.65 高鍋の秋月藩

 夏休みに秋月藩の城下町を訪れた。と言っても秋月黒田藩ではなく、宮崎県の高鍋秋月藩。2万7千石を領した秋月家のお膝元である。日豊本線高鍋駅から歩くこと40分。石垣の残る高鍋城址には高鍋町歴史総合資料館があって、職員の方がマンツーマンで館内を案内してくださり、興味深いお話を拝聴。近くには家老屋敷も残っていて、なかなか見応えがあった。

 筑前の秋月は秋月家の旧領で、そのご縁もあってか、秋月家と秋月黒田家は親しい間柄だったようだ。秋月黒田藩の4代藩主黒田長貞の娘は秋月家の正室、8代藩主黒田長舒は秋月家からの養子、9代藩主黒田長韶の娘は秋月家の正室、そして最後の12代藩主黒田長徳は秋月家から正室を迎えている。黒田長徳に嫁いだ姫君については、輿入れの記録を詳しく紹介している 『すりかえられたお殿様』(みやざき文庫)という本があり、なかなか興味を引く内容である。秋月の朝倉市高鍋町は、旧藩時代のご縁で姉妹都市として現在も交流が続いている。

 かの名君上杉鷹山の実家であるということも、秋月家について特筆すべき事項だろう。養子として米沢藩主となった鷹山は、高鍋藩主秋月種美の次男。つまり、黒田長貞(福岡藩中老野村太郎兵衛の実子)は鷹山の祖父、黒田長舒は鷹山の甥ということになる。黒田長舒の娘は福岡藩士の黒田小市郎に嫁いでいるのだが、この人は当時の我が家の近親者。親戚の親戚、と辿っていくと、思わぬところにつながるものである。ちなみに秋月家は、資料館の展示史料によれば、古代中国の劉邦の系譜につながる血筋との由。紀元前まで遡れるとは。すごい家だ。

 

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高鍋藩の家老屋敷