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筑前黒田武士の江戸日記

~毎月第1土曜日更新~

vol.16 武家屋敷

 何年かぶりに福岡市博物館の常設展をのぞいてみたら、いつの間にかリニューアルされていた。思わず見入ってしまったのが、福岡藩士の屋敷図を映像展示する新コーナー。タッチパネルに表示される家のいずれかを選択すると、福岡城下のジオラマの当該邸宅にスポットライトが当てられ、目の前のスクリーンに屋敷の図面が映し出される演出だ。

 我が先祖の屋敷はどんなものだったのか、もはや想像するしかないと思っていたが、家臣団の屋敷図が数多く残され、しかも博物館で紹介されていたとは、驚きであり感激であった。600石取りの屋敷と紹介される図面は、式台玄関の六畳間左手に書院、右手に小姓部屋、馬捕部屋が配され、その先には居間、茶の間、納戸、台所などが続き、門番部屋を含む「留守居長屋」もある。600石といえば、現存する松江の武家屋敷のイメージがあったが、それより部屋数は多く、思っていたよりは大きなお屋敷という印象で、なかなか感慨深かった。

 同博物館では、昨年発刊の『福岡城』(『新修福岡市史』の特別編)が販売されていたが、これがまた驚きだ。福岡城内にあった三奈木黒田家と毛利家の屋敷図が掲載されているのだが、大名屋敷のような大邸宅。1万6千石と実際に大名級の大老三奈木黒田家はともかく、毛利家は家老クラスとはいえ3千石台。だが大老家にも見劣りしない広さで、屋敷内には稽古場や能の舞台まで備えている。さすがに大藩の家老屋敷ともなると威勢が違う。

 絵や古写真は残っていないのだろうかと、欲が出てくる。現存する福岡城下の武家屋敷遺構は、母里家長屋門(大組毛利家)と中老林家の名島門くらいのもの。古写真も前出『福岡城』等に掲載の中老大音家長屋門、『男爵団琢磨伝』に掲載の大組団家長屋(らしい建物)くらいしか見たことがない。福岡市博物館の図面で、かなりイメージはわいてきたが、建物の外観や室内の様子なども、願わくば見てみたいものだ。そのうちにまた、博物館や書籍に出てきてくれないかと期待してしまう。

 

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600石クラスの藩士が住んだという松江の武家屋敷。福岡にも1軒くらい武家屋敷が残っていればと、つくづく思うのだが。